公式発表と公的機関の資料で確かめた5件のうち、3件は情報システム側の被害が生産や出荷へ波及した形で、2件は制御系が関わる形でした。5件は統計ではないので、割合そのものより、原因の分け方を自社の点検に使ってください。
今日やることは、自社の工場が止まる理由を3つに分けて、それぞれの担当者を書くことです。
- 受注と出荷のシステムが止まる(受注できない、出荷の指示が出ない)
- 製造の指示が工場に届かない(生産管理から工場への連携が止まる)
- 制御そのものが止まる(PLC、操作パネル、制御用のパソコン)
3つ目だけを工場のセキュリティと考えていると、1つ目と2つ目で止まる可能性を見落とします。
確かめた5件を、どう分ける?
原因がITかOTか、確かめた資料に書かれた範囲で分けました。公表されていない部分は、ここでも断定しません。
| 事例 |
入口とされるもの |
主に止まったもの |
分類 |
| 小島プレス工業とトヨタ(2022年) |
子会社のリモート接続機器 |
部品メーカーのシステム、取引先の工場 |
IT、取引先へ波及 |
| アサヒグループ(2025年) |
拠点のネットワーク機器 |
受注、出荷 |
IT |
| Norsk Hydro(2019年) |
メールとされる |
製造指示、一部工場の生産 |
ITからOTへ波及 |
| TSMC(2018年) |
感染した持ち込み機器 |
製造装置、生産 |
OT |
| 中東の企業(2017年公表) |
明らかになっていない |
安全計装システム、操業 |
OT |
国内の統計も見ておきます。警察庁の「令和7年におけるサイバー空間をめぐる脅威の情勢等について」によると、2025年のランサムウェアの被害報告は226件です。規模別では中小企業が約6割、業種別では製造業が約4割を占めています。IPAの情報セキュリティ10大脅威 2026でも、組織向けの1位はランサム攻撃による被害、2位はサプライチェーンや委託先を狙った攻撃です。
ITの被害で、工場や出荷が止まった例は?
取引先のシステム障害で工場が止まる
小島プレス工業の調査報告書(第1報・2022年3月31日)によると、子会社が独自に特定の外部企業との専用通信に使っていたリモート接続機器に脆弱性があり、そこから子会社と同社のネットワークへ侵入されました。ランサムウェアで暗号化されたのは、サーバーやパソコン端末の一部と報告されています。同社は攻撃の予防のために、取引先や外部とのネットワークを遮断しました。
トヨタ自動車は2022年2月28日、この仕入先のシステム障害の影響で、3月1日に国内全14工場28ラインの稼働を停止すると発表しました。翌日の発表で、3月2日から全ての稼働を再開するとしています。
読み取れるのは、自社の制御機器が無事でも、取引先のシステムが止まるとラインが止まる場合があることです。
受注と出荷が止まる
アサヒグループホールディングスの2026年2月18日の発表によると、システム障害の約10日前に、攻撃者が拠点のネットワーク機器を経由してネットワークに侵入しました。データセンターでパスワードの弱点を突いて管理者権限を取り、2025年9月29日にランサムウェアが一斉に実行されたとされています。
同社はその対応として、約300拠点の専用回線やインターネット回線を遮断し、データセンターを隔離しました。第2報(2025年10月3日)は、遮断により受注と出荷に影響が出たこと、部分的に手作業で受注し順次出荷を始めたことを伝えています。私たちが確かめた第2報と第4報、2月の発表に、工場の制御機器の被害についての記載はありませんでした。
再発防止策として、同社はリモートアクセスVPN装置の全面廃止、ネットワークの分離、EDRの強化などを挙げています。これらは工場の話というより、会社全体のネットワークの話です。
製造の指示が工場に届かない
IPAの制御システム関連のサイバーインシデント事例5(2026年1月)は、Norsk Hydroの2019年の事例を解説しています。この資料は、同社の責任者の講演、セキュリティ会社の解析、現地での聞き取りなどをもとに、IPAが一部を推考して補ったものです。入口は、取引先を装ったメールとされています。
IPAの整理では、被害の多くはメール、発注や顧客情報の管理のコンピュータ等です。製造用のコンピュータも被害を受けたと推定される一方で、制御システムは境界のファイアウォールで守られ被害はなかったとの話も紹介しています。ITのシステムが使えず、製造の指示ができなくなったことで、いくつかの工場の操業が縮小しました。
同社の2019年3月19日の発表は、全工場と業務を隔離し、できる限り手作業に切り替えたと伝えています。同社の事例のページは、総費用を約8億ノルウェークローネと見積もっています。IPAの資料は、操業を止められない工場では、事前の計画に基づいて手動で操業を続けたと書いています。
OTが関わって止まった例は?
持ち込んだ機器から制御系に広がる
IPAの事例6(2025年9月)は、2018年8月のTSMCの事例を解説しています。標的型ではなく、WannaCryの亜種に感染した新しい機器を、ウイルスチェックをせずに工場内のネットワークへ接続したことで連鎖的に広がったと言われている、という説明です。
資料によると、持ち込み時にチェックする決まりはあったものの、形骸化していたとされています。3日間の生産停止で、損害は営業利益ベースで最大190億円に達するとのことです。USBメモリのような外部記憶媒体でも同様の経路が考えられると、IPAは補足しています。
決まりがあることと、守られていることは別です。工場で新しい機器を受け入れる時、誰がいつ確かめるかを受け入れ検査の項目にできます。
たとえば、機械メーカーから新しい検査装置を受け入れる工場の場合、据え付けの当日に業者のノートパソコンを制御系につなぐ作業が発生します。受け入れ検査の表に「接続する機器の確認」を1行足せば、担当者が確かめる場面を作れます。
安全を守る機器が狙われる
IPAの事例3(2019年7月)は、2017年12月に公表された、安全計装システムを狙うマルウェアの事例です。中東の企業で使われていたコントローラーが対象となり、結果的にフェールセーフ機能が働いて操業が一時停止しました。
どのように到達したかの詳細は公開されていません。IPAは、メンテナンス端末を介してコントローラーへ書き込みが行われたと説明しています。入口についての図の一部は、IPAの推考です。
中小の工場で同じことが起きると決めつける材料ではありません。読み取りたいのは、緊急停止に関わる機器と、そのメンテナンス端末を、通常の端末と分けて管理する考え方です。
自社で確かめる点は?
事例の入口と止まり方を、自社の点検項目に置き換えます。
| 事例から |
自社で確かめること |
| リモート接続機器、ネットワーク機器 |
子会社や保守用も含めた機器の一覧、更新の状況 |
| 管理者権限の悪用 |
管理者のパスワード、サーバーと端末の監視 |
| 工場内で広がる |
工場と事務系の境目、通信の見張り |
| 持ち込み機器 |
受け入れ時の確認、制御用の端末の防御 |
| 手作業への切り替え |
手で続けられる工程、紙の手順 |
| 取引先の停止 |
止まった時の連絡手段、部品の在庫 |
製品を調べるなら、端末の監視はEDRの製品比較、通信の見張りはNDRの製品比較、制御用の端末や工場の通信はOTセキュリティの製品比較が入口になります。
警察庁の同じ資料は、令和7年に被害に遭った組織へのアンケートで、復旧に総額1,000万円以上かかった組織が5割を超え、1か月未満で復旧した組織は5割強にとどまると紹介しています。業務が止まる期間は、製造業の納期に直結します。止まった時の連絡手段と手作業の範囲を決めておくことは、費用のかからない備えの1つです。
事例を読むときに、気をつけることは?
公式発表には、公表していない部分があります。小島プレス工業の報告書も、判明した事実の一部は二次的影響を考えて非公表としています。「工場の制御機器に被害がなかった」と「被害の記載がない」は別のことです。社内の資料に書くときは、この2つを分けて書きます。
もう1つ、発表の時点で数字や内容は変わります。アサヒグループは2025年11月、2026年2月、7月と続けて調査の内容を更新しています。引用するときは発表の日付を添えます。
事例を社内で共有する目的は、責めることではありません。各社が詳しく公表してくれたから、私たちは同じ点を点検できます。IPAの事例シリーズには、ほかに電力やパイプラインの事例もまとめられています。
自社の点検の進め方はPLCを守る現場の手順、社内の分担は情シスと工場の分担方法、担当者の学び方は工場の担当者が学ぶ順番と公的な研修に書きました。ほかの記事は工場とIoTのセキュリティにまとめています。